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演劇なんてやめときゃよかったと思う日

演出のごあいさつ


当日パンフレットに書けなかったので、といいますか、書く気力が全部作品づくりに費やされて制作永田フネの助言をぶっちぎってしまったので、遅ればせながら、ここにあいさつを書きます。


劇団→ヤコウバス第二回公演「ケイコ」にご来場くださった方々、ありがとうございました。


「ケイコ」、終わってみれば、ヤコウバスにとって間違いなく、何か大きな指針を手にした公演になりました。それは作、演出の自分にとっても、役者の酒寄にとっても。このあり方が正しいのかどうかは知りませんが、少なくとも僕たちは正しいと言える何かを手にしたように思います。


思えば、ヤコウバス旗揚げをふわっと考え始めてからちょうど一年がたちました。当時、学生だった僕らは、夢のような展望を語り、未だに夢のようなことを語っています。ただ、変わったことは、それぞれが少しばかり現実を目にして来たことで。


そんなモラトリアム真っ最中の僕が、「ケイコ」を経て気づいたことは、今更ながら、演劇が果てしなく儚くて切ないということな気がします。


普段、どれだけ苦しくて辛くても、知らず知らずのうちに、「演劇はやめない」という大前提がどこかにあって、でも、千秋楽の次の日に決まって「こんなに切なくて辛い虚無感に苛まれるなら、演劇なんてやめときゃよかった」と思うのです。


今回は格別です。


きっと「ケイコ」という作品が、自分にとって人生の岐路にもなりかねないような、とてつもない高揚感の中で千秋楽を迎えたからに違いありません。


客入らなくてもいいから、もう一週間やりたい。素直にそう思います。


つまり今、その分だけ、圧倒的な虚無感と戦わなければならない状況に陥っているということです。


演劇の一回性にひそむ儚さって独特な気がします。やってる方もそうだけど、お客さんにとっても。
自分の中のどこかで、日曜日のまる子ちゃんやサザエさんのような、終わるとわかってても終わって欲しくない、ずっと浸っていたいような空間を目指していたので、「ケイコ」は何かそんな空間に近づけた作品になったみたいです。やってる側と見てる側の一回性のカタルシスが少し一致した、そんな感覚があります。


旅行からの帰路、早朝のぼんやりとした朝日の中、夜行バスで新宿に降り立った時のようなカタルシス。無理矢理ヤコウバスにこじつけましたが、つまりはそんなようなことです。


あーあ、一緒に作ったキャストやスタッフ、今何やってんだろ。そんなことをぼんやり考える夕方。虚無感の末期にいます。


過酷な3週間を共にした、キャストの戸塚治虫、中島桃子、スタッフの方々、戸野廣浩司記念劇場の方々、本当にありがとうございました。あの空間を共にできたこと、光栄に思います。


「ケイコ」、いつか再演します。いつになるかは知りませんが。


最後になりますが、今日、小幡小平次のお話の原作『復讐奇談安積沼』の作者、山東京伝のお墓参りに、両国の回向院まで行って来ました。公演前に行けよという話ですが、無事に終わりましたよ、というご報告に。




ネタバレになりますが、お菊さんのお墓には、稽古中に行きました。明大の和泉校舎裏にあったので、稽古後に。



何はともあれ、無事に終わりました。

また、ヤコウバス、ご一緒できれば何よりです。


それでは、それでは、また、次の旅で。



川名幸宏
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Author:yakobus
明治大学シェイクスピアプロジェクト出身の劇団、「劇団→ヤコウバス」のおふぃしゃるぶろぐです。

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